コラム

【連載小説「辻家の人々」】021 練習初日の出来事

※この記事は許可を得て「アジト(note版マンガ雑誌)・辻家の人々021」より転載しております
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中学校を卒業し、進学する高校の始業までの期間――同級生たちは春休みを思い思いに過ごしている時期だった。

だが、自分は少し違った。

新一年生のうち、入試面接の段階で「野球部に入りたい」と言った生徒は、“体験入部”という名目で毎日の練習参加が義務付けられたのだ。

志望校への合格が決まってからというもの、野球の練習は欠かさずにしていた。しかし、その大半がランニングや体感トレーニング、素振りといった1人練習だったため、ようやく人と一緒に野球ができる……と楽しみで仕方がなかった。前日の夜はまったく眠れなかったほどだ。

練習当日。

お客様扱いされながら新入生は部室に通された。そこで練習着に着替え、高校球児としての第一歩を踏み出す……ところだったが、いくらバッグの中を探しても練習着のズボンが見当たらなかった。

焦った自分は、まだ挨拶もまともにしていない初対面の同級生たちにズボンが2着ないか聞いて回ったが、当然誰も持っていない。

仕方なく、監督のところへ行き頭を下げた。

練習をしに来ているのに練習着を持ってこない――言語道断である。怒鳴られる覚悟をしていたが、そこは“お客様扱い”である。笑いながら1人の上級生を呼び寄せ、ズボンを貸してもらえる運びとなった。

練習内容はバッティングと軽いノックのみで終了。大きなミスもなく個人的に納得のいく内容だった。練習が終わり、着替えてから先ほどの先輩のところへ向かい、練習着を貸してくれたことへのお礼、そして洗って返す旨を伝えた。

すると先輩は、
「ちょっとついて来て」
と言う。

言葉のままに先輩の後を追った。そこは野球部の部室だった。部室に入ったその刹那、腹に感じたことのないような鈍痛。先輩の拳が内臓をえぐった。

「高校野球なめんなよ」
そう言って先輩は去っていった。

その夜、父親に今日はどうだったのかと問われたので、殴られたことも含め話をした。野球部側に苦情を言ってほしいという訳ではない。ただ、同情をしてほしかった。

ところが父親は涙目になりながら腹を抱えて笑った。

「いいね~、青春だねぇ」

体罰が暗黙の了解だった時代だとはいえ、別にこれが青春だとは思わないし、何がそんなに面白いかもわからなかった。

ただ、父親に笑われたことで、こっちも何故か可笑しくなって自分まで大笑いしてしまった。

最悪なようで最高…そんな高校野球初日だった。

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