辻家の人々

読み物 辻家の人々

2022/1/11

【連載小説「辻家の人々」】038 「地獄の冬練習」

「キィーーーーーーン!!」 手応え抜群の打球は左中間の青空に向かって飛んで行った。僕は全力疾走をやめた。ベンチが大いに盛り上がる。ボールの着弾はネットの遥か向こう。 人生初のホームランだった。 僕はダイヤモンドを1周する間、地獄の冬練習を思い出していた。 思い出すだけでゲロを吐きそうになるくらいの辛い地獄の冬練習。我がチームのそれは、秋の大会で早々に負けたことによって冬の訪れより早く始まった。冬練習が地獄であることは以前から先輩たちに何度も聞かされていた。1年生の僕としては先輩からいくら地獄具合を聞かされ ...

読み物 辻家の人々

2022/1/11

【連載小説「辻家の人々」】037 新しいグローブ

グローブにはポジションごとに大きな特徴がある。 例えばキャッチャー用のグローブはピッチャーの速く強烈な球を受けても手に影響がないように厚めに作られている。また、外野手用は球を逃さぬように縦に長くなっている。セカンドやショート、そして僕の守っているサードといった内野手のためのグローブで重要となるのが操作性だ。取ったボールを素早く握り替えることができるように小さめの作りとなっている。なかでも、セカンドとショートはその重要性が顕著なのでより小さいグローブを使うことが多い。言うまでもなく、グローブが小さくなるとい ...

辻家の人々

2021/12/9

【連載小説「辻家の人々」】036 壊れたグローブ

新チームで練習の日々を送り、秋がやってきた。春の選抜甲子園予選まで2週間となった10月のある日、練習試合の中盤で――“それ”は起きた。 相手の中軸バッターがジャストミートした強烈な打球がサードの僕を一直線に襲った。僕は必死にグローブを出し、ボールをキャッチした…と思った瞬間、目の前が真っ暗になった。 ――見慣れた天井と扇風機の強烈な羽音、それと遠くに聞こえる選手たちの声。目を覚ました僕は、ここが部室であることをすぐに察した。重い体を無理矢理起こすと目の前に紐の切れた自分のグローブが置いてあった。僕は再び横 ...

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2021/11/29

【連載小説「辻家の人々」】035 Yの実力

内野手には一球ごとに牽制やバントシフトなどサインが送られてくる。加えて、外野手にピッチャーがインコースに投げるのかアウトコースに投げるのか、真っ直ぐなのか変化球なのか守りながら手を後ろに回してサインを送らなければいけない。 ざっくりとした流れを説明するとこうなる。 ベンチにいる監督のサインを見て、キャッチャーの内野手へのサインを見て、ピッチャーにサインを出して、キャッチャーのピッチャーへのサインを見て、内野やピッチャーがどういう動きをするのか外野に伝える。 特にセカンド・ショートは全てにおいて休む間もなく ...

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2021/11/1

【連載小説「辻家の人々」】034 同級生のライバル

3年生が引退し、新チームへと移行するタイミングで、父親から声をかけられた。内容は、今後についてのアドバイスだった。 「同級生にライバルを作りなさい。互いの技術が伸びることはもちろん、後輩として試合に出るときに必ず支えあうことができるから」 前半の「ライバルを作る」という部分についてはスポコン漫画などでもよくある展開ゆえ容易に理解することができたが、後半の「後輩として試合に出るときの支え」という部分が何を意味するのか、その場では理解できなかった。 ただ、父親はすべてを語らない性格なため、おそらく尋ねても『自 ...

辻家の人々

2021/10/15

【連載小説「辻家の人々」】032 驚きの世代交代

我が校の夏の大会は初戦のコールド勝ちから始まり、その後も順調に勝ち進んだ。 そして、迎えた準々決勝――相手校は春の大会でもベスト4に入った強豪、M高だった。M高は超変則投手をエースとして擁し、その強みを遺憾なく発揮していた。 エース投手は新聞でも取り上げられるほど有名だった。その特徴は前述した通り、「超変則的」な投法にあった。基本は上からの投げだが、時には斜めから、時には横から……と自由自在にフォームを変え、それぞれの投げ方で独特の変化球を持っており、新聞では「16種類の変化球」と大きく取り上げられ、その ...

辻家の人々

2021/9/27

【連載小説「辻家の人々」】031 高校野球の恐怖

夏の大会まであと1ヶ月半――その時点から練習は背番号を貰える可能性のある選手のみに絞られた。それはつまり、これまでとは比べ物にならないほどの練習量となることを示していた。少数が集中的な練習を行う、文字通り「猛特訓」である。 そして、その地獄のような練習が1ヶ月間続き、大会半月前になると調整期間に入る。調整期間中は練習量が激減し、平日は19時には練習終了、土・日は半日で終わる。 高校に入って毎日のように始発で学校に行き、終電で帰るような生活を送っていたため、この調整期間はまさに天国。 もちろん、練習をできな ...

辻家の人々

2021/9/14

【連載小説「辻家の人々」】030 同窓会

第82回全国高校野球選手権埼玉大会開幕に伴い、大宮県営球場で開会式が行われた。 春季大会で準優勝を果たした我が校は、シード校として大会に出場する。そのため開幕式当日に行われる第1試合はないのだが、当然開会式に出るために会場へと向かう。 開会式なんて大層に言っているが、「クソ暑い中で行進をし、そこから連盟のお偉いさんの長い話を聞くだけの面倒くさいモノ」として捉えていたが、球場へと向かうバス内での先輩たちはやけにテンションが高かった。 理由を尋ねると、この開会式は中学時代のチームメイトとの同窓会だからという答 ...

辻家の人々

2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】029 背番号

事実上の引退宣告がなされ、涙を流した3年生たち。彼らは即座に気持ちを切り替え、夏休みに海で己の肉体美を誇示しモテてやろう――そう画策し筋トレを始めた。 その一方で、30人弱に絞られたチームのメイン層の練習内容は濃さを増していった。どの練習メニューも休む暇が全くなかった。 それのみならず、厳しい練習に選手の気持ちが切れないようにと監督やコーチの監視の目は一層厳しくなった。ちょっとしたミスでも怒鳴られる。これが精神的にもかなり堪えた。 なかでもキツかったのが、ランニングメニューだった。 今までの練習では、終了 ...

辻家の人々

2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】028 選ばれなかった3年生

夏の大会まで1カ月半を切ると、チームの練習は総仕上げとしていつも以上に激しさを増す。バッティングや守備の練習はもちろんのこと、牽制などのサインプレーといった細部に至るまで――やり残しのないように詰めていくのだ。 僕の通っていた高校は公立校で、野球部への入部自体は希望者の全てが可能なため、各学年で20人以上、全学年を合わせると70人以上の大所帯となる。普段の練習はほぼ全員が同じメニューをこなすため、はっきりいって効率よくはない。 夏の大会までの時間が残りわずかとなった今、練習の効率化を図るためにも、中心とな ...

辻家の人々

2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】027 親父に人生初の相談をする

僕が高校へ入学し、最初の春の大会が終わった。 我が川越商業高校(現・市立川越高校)は、埼玉県の準決勝で強豪・花咲徳栄高校に勝利するも、決勝では関東No.1との呼び声も高いピッチャーを擁する春日部共栄高校に敗北(0-1)。埼玉県内では2位の成績となったわけだが、関東大会進出への切符は手にしている。 関東大会では横浜高校(僕が高校野球を始めるきっかけとなった松坂大輔投手の母校だ)相手に7-8で敗れた。県大会での敗北と関東大会での敗北、この2つの敗北は、結果として我が野球部の士気を大きく上げるものとなった。 2 ...

辻家の人々

2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】026 父からの1万円

とある日の夜のことだった。 野球部の練習でクタクタな僕はいつものように手も洗わずに食卓に着き、学生服のままご飯を掻き込んでいた。すると、その姿を見ていた父親が近くに寄ってきてスッと1万円を僕に差し出した。 父親は僕に対して、お金に関する点では非常に厳しかった。それは小さい頃からずっとそうで、特に決まったお小遣いをもらうこともなく、友達と公園で遊ぶ際にジュース代をたまにくれる程度。 それぐらいでは厳しいとは言わない、という声も聞こえそうだが、小学校の高学年や中学生ともなると周囲には毎月お小遣いをもらっている ...

辻家の人々

2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】025 彼女の存在が父にバレる

ある日の夜。 珍しく父親と2人で食卓を囲んでいた。しかし、家族団らん…という雰囲気は全く無く、許されるならば逃げ出したくなるような重い空気だった。 重い空気の原因は、僕の恋愛事情にある。 僕の2軍落ちを救ってくれたクラスメイトのOさん。あの日、Oさんは牛乳プリンを僕にくれた。それをきっかけに、僕たちの間には会話が劇的に増え、気が付けば毎日のようにメールをするような仲にまで発展していた。 野球に熱血な高校球児とはいえ、中身は普通の男子高校生である。恋愛したい、彼女が欲しい、エッチなこともしたい、そう思ってし ...

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2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】024 Oさんの牛乳プリン

指定強化選手に選ばれたことで、1軍の選手の気迫と技術力に圧倒された日の翌朝、僕は始発の電車で学校へと向かっていた。 目的は早朝からの個人練習。いわゆる朝練というヤツだ。眠い目をこすりながら電車に揺られ、約1時間後には校門をくぐる。とにかく練習を重ね、レベルアップを図る――その一心だった。 それから毎日、朝5時の始発に乗り、早朝から個人練習。授業を受け15時半から21時前後まで全体練習。さらに終電まで個人練習……家に帰るとご飯を食べて風呂に入って即就寝。 通学時間・授業中・就寝中…以外のほとんどの時間で体を ...

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2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】023 強化指定選手

自分が入学した高校は市立だった。普通、高校野球の強豪校は私立に多く、県立や市立など公立の強豪校は相対的に少ない。 しかし、この学校は違った。夏の大会ではベスト16以上の成績を毎年のように収めるほどの古豪だった。それゆえに、野球目当てで入学してくる実力者も多かった。 自分も野球目当てで入学したうちの一人だ。ただし、実力者とは決して言えないレベルの選手だった。 なにせ、中学生時代の自分は(一度退部したとはいえ)試合にもほとんど出ていない。その程度の実力だったのだ。我ながら残念だが、“何となく野球が好きで入部し ...

辻家の人々

2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】022 これから3年間は

波乱の幕開けとなった高校野球の練習初日。 それから連日、入学式を迎えるまでの間はひたすら練習に参加し、白球を追いかける日々を送っていた。 そんなある日、1軍の選手たち(要は先輩たち)が他校で練習試合を行うことになった。自分たち新1年生の練習はナシになり、休みとなった。 中学卒業から高校入学までの春休みが野球の練習漬けだった自分にとっては、突然降ってわいたような休日である。そんな休日を迎える前夜、父親から誘いを受けた。 「明日、ちょっと付き合わないか」 翌日、朝早くから埼玉県にあるヤクルトスワローズの2軍の ...

辻家の人々

2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】021 練習初日の出来事

※この記事は許可を得て「アジト(note版マンガ雑誌)・辻家の人々021」より転載しております ※転載元はこちら ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 中学校を卒業し、進学する高校の始業までの期間――同級生たちは春休みを思い思いに過ごしている時期だった。 だが、自分は少し違った。 新一年生のうち、入試面接の段階で「野球部に入りたい」と言った生徒は、“体験入部”という名目で毎日の練習参加が義務付けられたのだ。 志望校への合格が決まってからというもの、野球の練習は欠かさずにし ...

辻家の人々

2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】020 高校野球への切符

※この記事は許可を得て「アジト(note版マンガ雑誌)・辻家の人々020」より転載しております ※転載元はこちら ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 中学3年の夏休みに、「体験」という形で高校の練習に参加してからというもの、暇さえあれば勉強机に向かう日々を送っていた。 目的は当然、その高校に進学するためである。 しかし、それまで自分は勉強らしい勉強をほとんどしてこなかった。テストで頻繁に赤点を取るぐらい学業というものを避けていた。 普通に勉強してきた同級生が持つアドバン ...

辻家の人々

2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】019 辻発彦の妻/辻ヤスシ

※この記事は許可を得て「アジト(note版マンガ雑誌)・辻家の人々019」より転載しております ※転載元はこちら ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 辻家の人々の第16話を読んで違和感を感じた方は大勢いたと思う。 (「辻家の人々」第16話はコチラ) 何故、父親の引退試合に母親の姿がなかったのか。 それは母親の性格と環境に原因があったから、父親から引退試合の帰りの車中でそう聞かされた。 母は、両親の影響で幼い頃からプロ野球(特に巨人)の大ファンだった。そんな彼女が、(念願 ...

辻家の人々

2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】018 辻発彦のギャンブル/辻ヤスシ

※この記事は許可を得て「アジト(note版マンガ雑誌)・辻家の人々018」より転載しております ※転載元はこちら ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 16年間の現役生活に幕を下ろした父親。 そんな父親だが、何も最初からそこまでプロの世界で生き残れる自信を持っていた選手ではなく、入団するか否かで迷うほどであったという。 父親が18歳の頃。 彼は高校野球引退後、進路に頭を悩ませていた。家庭はお世辞にも裕福ではなかったため、大好きな野球を続けるには社会人野球への道しか残されて ...

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2021/9/3

【連載小説「辻家の人々」】017 辻発彦の引退試合②/辻ヤスシ

※この記事は許可を得て「アジト(note版マンガ雑誌)・辻家の人々017」より転載しております ※転載元はこちら ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 引退会見を終えてクラブハウスを出てきた父親を無数のフラッシュとテレビカメラが出迎えた。そんな中で息子に気付いた父親は手招きで呼び寄せ手を差し出し、笑顔でこう言った。 「あとは任せた‼」 普段、家族に冗談など言わない父親。その息子は中学でも試合にほとんど出れない下手くそ。ゆえに、ソレは本心ではなく、テレビカメラ ...

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