※この記事は許可を得て「アジト(note版マンガ雑誌)・辻家の人々006」より転載しております
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父親が運動会に来てくれた夜、興奮して中々寝付くことができなかった。
その理由は父親が初めて学校行事に来てくれたからでも、一生懸命走った姿を見せることができたからでもない。
運動会後に友達や学校の生徒が、父親にサインを求めて長蛇の列を作ったからだ。地元チームのプロ野球選手にここまでの人気があると初めて知ったからだ。
自分はその息子なのだ。
少し特別なのだと考えた。
そして、1日の休みを挟んだ次の登校日は皆に注目されると思い、いつもより少し胸を張って歩いた。
ところが、学校ではいつもと変わらない時間が流れた。思っていたのと違う。父親の影響で友達や同級生からチヤホヤされると思っていたのに、何も変わらない。考えてみれば当然である。皆は、プロ野球選手の息子がチームメイトだなんてことはずっと前から知ってることなのだ。ただ、その人気の凄さを、自分が2日前に知った、というだけだ。
物足りない、と思った。
そこで自分はある行動に出る。
「清原のサイン貰ってあげようか?」
そう友達に声を掛けまくった。絵に描いたようなクソ息子である。当然、地元プロ野球チームの超スターのサインとなれば小学生は喰いつく。
「辻の息子に頼めば清原のサインが貰える」と、現代でいうリツイートのように学校中に拡散された。知らない上級生からもお願いされ、特別という優越感を味わった。
その夜、父親に何十人と膨れ上がった清原のサインのリストを渡すと、父は言った。
「俺は皆に応援される特殊な仕事をしているだけ。同級生のお父さんも同じように家族に応援されている。勘違いをするな。俺もお前も特別じゃない。
その言葉と鉄拳が胸に刺さった。
小学2年生ながら自分が恥ずかしくなった。
この言葉を心に留め、自分は現在も生きている。
あの時、怒ってくれた父親には感謝しかない。