コラム

【連載小説「辻家の人々」】020 高校野球への切符

※この記事は許可を得て「アジト(note版マンガ雑誌)・辻家の人々020」より転載しております
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中学3年の夏休みに、「体験」という形で高校の練習に参加してからというもの、暇さえあれば勉強机に向かう日々を送っていた。

目的は当然、その高校に進学するためである。

しかし、それまで自分は勉強らしい勉強をほとんどしてこなかった。テストで頻繁に赤点を取るぐらい学業というものを避けていた。

普通に勉強してきた同級生が持つアドバンテージを埋めるには時間がいくらあっても足りない――そんなレベルだった。

目指していた高校の模試判定は常にきわどいラインだった。

本来ならば必死になる必要がある。
だが、それでも焦りはなかった。

焦りがなかった理由、それは自分が「とある作戦」を立てていたからだ。

入試内容が面接のみとなる魔法の手形、推薦入試の存在――そう、推薦をもらえば良いのだ。そうすれば、あの高校で野球ができる。

ただし、自分は勉強ができないだけではなく、禁止されていた下校時の買い食い・チャリ通を何度も担任に見つかっては怒鳴られていたし、授業中にピンキーを食べて校長先生にまで怒られたこともあるほどの「悪ガキ」だった。

普通、推薦というのは学業以外の面、学校行事への取り組みや部活動などでの功績、生活態度などが評価の基準になる。つまり、勉強ダメ・態度ダメの生徒なんて論外なのだ。

では、どうするか。

悪知恵だけは働く中学生は、その「ダメさ」を逆手に取れるのではないかと企んだ。

今まで授業中に静かに座っていられなかった自分が、夏休み明けから真面目に授業を受け、ノートを取り、自信がなくても積極的に手を挙げた。また、学級委員にも進んで立候補した。

先生に
「あいつは変わったんだ。俺の指導の賜物だ!!」
そう思わせる作戦である。

これならば、秋の時点で学力が足らなくてもそれを見かねた先生が推薦をくれるだろう。何とも甘くて浅はかな見通しである(もちろん勉強自体も今までになく力を入れてはいた)。

そんな甘い中学生の思惑――は、見事に実る。

ある日の放課後、担任に呼び出された。
「変わったなお前。推薦の件、俺に任せておけ」
担任がそう嬉しそうに語るのを見て、心の中で軽くゴメンと思いながら、小さくガッツポーズをかました。

人と喋ることが好きな自分にとって面接はチョロかった。ノックして礼をして「お座りください」と声をかけられてから座る。これだけを覚えて面接に臨んだ。

いざ面接が始まると、面接官との会話が弾み、退室時には「こんなにリラックスした受験生は初めてだ」と笑いながら見送られた。

結果は当然、合格。

こうして自分は無事、甲子園への第一歩を踏み出す権利を得たのだった。

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