コラム

【連載小説「辻家の人々」】022 これから3年間は

波乱の幕開けとなった高校野球の練習初日。

それから連日、入学式を迎えるまでの間はひたすら練習に参加し、白球を追いかける日々を送っていた。

そんなある日、1軍の選手たち(要は先輩たち)が他校で練習試合を行うことになった。自分たち新1年生の練習はナシになり、休みとなった。

中学卒業から高校入学までの春休みが野球の練習漬けだった自分にとっては、突然降ってわいたような休日である。そんな休日を迎える前夜、父親から誘いを受けた。

「明日、ちょっと付き合わないか」

翌日、朝早くから埼玉県にあるヤクルトスワローズの2軍の練習施設に向かった。

父親は現役引退後、ヤクルトスワローズの2軍コーチに就任しており、要するに職場に付いていったのだ。

練習場に到着したのは朝7時。

ユニホームに着替えた父親と自分は、無人のグランドでランニングや体幹トレーニングで体を温めた後、キャッチボールを始めた。

技術指導はおろか普通の会話すらもなく、取って投げるだけの静かなキャッチボール。ただ、それだけで楽しかった。

というのも、父親とするキャッチボールはこれが初めてだったからだ。

プロ野球選手の父と息子の関係で意外かもしれないが…実際、そうだった。もしかすると幼少期にお遊び程度ではあったかもしれないが、少なくとも自分の記憶にはなかった。

普段、仏頂面な父親が心なしか表情が緩んで見えた。父親も自分と同じ気持ちだったからだろう。

高校球児とプロ野球選手の間には“プロアマ規定”というルールがある。

プロアマ規定とは、プロ野球選手が高校球児に技術指導を行うことを禁止(キャッチボールも含む)しているもので、発覚した場合はチーム全体にそれなりの処分が下される。

当然、親子間でも例外ではない。つまり、これから先の約3年間はこういったコミニケーションすら取ることができない。

わざわざ職場に自分を誘ったのは、もうすぐ正式に高校球児になってしまう息子とキャッチボールをしたかったからだろう……そう、自分は察した。

ほどなくして、スワローズの選手たちが続々とグランドに到着した。親子でのキャッチボールはここまでだ。父親はコーチとして選手たちの練習に参加した。

練習が終わり、父親が運転する車の助手席に乗り込む。家までの車中、父親は変わらず無言だった。会話は一切なかった。

家に到着する数分前のところで父親が突然、
「頑張れよ」
と、一言つぶやいた。

自分は少し間をおいて
「わかってる」
ぶっきらぼうな、適当な感じで返事をした。

だが、その態度とは裏腹に「絶対にレギュラーになって甲子園という夢舞台に立つ」――そう、改めて心に決めたのだった。

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