事実上の引退宣告がなされ、涙を流した3年生たち。彼らは即座に気持ちを切り替え、夏休みに海で己の肉体美を誇示しモテてやろう――そう画策し筋トレを始めた。
その一方で、30人弱に絞られたチームのメイン層の練習内容は濃さを増していった。どの練習メニューも休む暇が全くなかった。
それのみならず、厳しい練習に選手の気持ちが切れないようにと監督やコーチの監視の目は一層厳しくなった。ちょっとしたミスでも怒鳴られる。これが精神的にもかなり堪えた。
なかでもキツかったのが、ランニングメニューだった。
今までの練習では、終了間際にランニングメニューが組まれており、日によって「40分間走」や「50メートル10本」などが、クールダウンで行われていた。
しかし、この頃になると、
800メートル×2本
400メートル×4本
200メートル×8本
100メートル×12本
――と、通称‘’地獄の6キロダッシュ’’と呼ばれるランニングメニューが組まれ、本気でゲロを何回もぶっ放した。
僕は強い気持ちを持って自分に課していた朝練と全体練習後の自主練を、身体を休ませることも大事だと言い聞かせてサボるようになった。それほどまでに、地獄の6キロダッシュは文字通り地獄だったのだ。
そんな日々が1ヶ月続き、夏の大会まで残り2週間となった。
すると、練習は調整程度で一気に楽になる。
「今日が終われば明日から調整だ…」
過去の経験から、それを知っている先輩たちに引っ張られるように最後の力を振り絞って、最後の6キロダッシュを完走した。何とか怪我無く地獄の1ヶ月を乗り切った。
そして、ヘトヘトになった肉体を引きずりながらもそれをやり遂げた達成感を噛みしめていると、今から夏の大会の背番号発表をするぞと告げられた。
30人弱の選手がこの1ヶ月でさらにふるいにかけられ、20人に絞られる――というワケだ。
例のウエイトルームにメンバーが集められ、1番から順に発表が行われた。1番から9番はレギュラー選手のため、僕が呼ばれる可能性はゼロだ。また、そこに呼ばれる選手も、その自覚は当然持っており、特にサプライズはない。
問題はその後だ。僕は背番号を貰えるのだろうか…。また、貰えるのならば、背番号は何番になるのだろうか…。
プロ野球とは異なり高校野球における背番号にはある程度の法則がある。野球にはポジション別に数字が振られており、背番号はそれに倣っている。
ピッチャー 『1』
キャッチャー 『2』
ファースト 『3』
セカンド 『4』
サード 『5』
ショート 『6』
レフト 『7』
センター 『8』
ライト 『9』
そして、控えはというとそのポジションの数字が2ケタになる。例えば、ファーストの控えは『13』、ショートの控えは『16』、枚数を要するピッチャーは2番手が『10』3番手が『11』だ。また、外野の控えは『17』で、『18』番以降はピッチャーが足らなかったり、実力はイマイチでもチームの元気印だったり、チームによって異なる。
僕のポジションはサード。つまり、希望の背番号は『15』。15番を貰えたとしたら僕はサードの2番手という立ち位置となる。番号発表が進み、ついに15番の発表となった。
監督「15番はK!!」
残念ながら呼ばれたのは3年生の先輩だった。
確かに、ここ数試合の出番は同じぐらいだったが、圧倒的にその先輩のほうが好成績を残していた。仕方ない。そして次の問題は僕が呼ばれるかどうかになる。残りの枠は18~20の3枠。
監督「18番はW!!」
同じ1年生が呼ばれた。残り2枠…
監督「19番は辻!!」
呼ばれた。本当に安心した。僕には秀でた実力があるわけではない。打撃もそこそこ、守備もそこそこ、足は…遅い。ゆえに代打としても守備固めとしても、ましてや代走なんてもってのほか。サードの3番手として選ばれたため、出番はないだろう。それでも、ベンチに入って夏の大会を選手として戦える。それが本当に嬉しかった。
帰りの電車の中で、貰った19番の番号を見つめたり、強く握ってみたり、携帯で写真を撮ったりした。
帰宅後、貰った番号を両親に見せる。母親は大喜びしてくれたが、元々無口な父親は「よかったな」の一言のみ。褒められることが好きな僕としては不服だった。それはさておき、母親にユニホームへの背番号の縫い付けをお願いして、眠りについた。
朝起きると枕元…というか、枕にユニホームが畳んでおいてあった。夜の間に母親が置いてくれたのだろう。息子が目が覚めた瞬間に目に入るように…という配慮をしたのか、とにかく僕は一晩、ユニホームと枕を共有して寝ていたらしい。寝ぼけ眼で「近いわっ‼」とツッコみつつ、ユニホームを広げ、少し眺めたのちにギュッと抱きしめた。
その日のお昼休み。母親にお礼のメールを送ると思わぬ内容が返ってきた。
「背番号を縫い付けたのはお父さんだよ」
メールにはそう書かれていた。さらに、文章には続きがあった。
縫い付けながら何やらブツブツと呟いていたこと(内容は不明)。ユニホームを僕のところに持ってきた際、寝ている僕の身体をマッサージをしてくれていたこと。
絶対に言うなという念を押されたこと。
正直、私が背番号をつけてあげたかったということ。
不器用な父親と、応援する気持ちを前面に出してくれる母親。素敵な両親だと思った。
そして、出番はないかもしれないけれど両親のためにも頑張ろうと改めて誓った。