コラム

【連載小説「辻家の人々」】043 「思わぬ強敵」

初戦突破後、3回戦・4回戦と苦戦することなく順調に勝ち進んだ。初戦で大ポカをした僕も2試合でホームラン1本を含むほぼすべての打席で出塁するという驚異の成績でチームの勝利に貢献していた。そして迎えたベスト8を掛けた試合。

僕らの相手はシード校ではない古豪高校だったが、優勝候補にも挙げられていた第2シードを3回戦で破っていた。相手は先発の140キロを超える右腕に中盤から出てくる130キロ後半を投げる左腕の2枚看板が強みのチーム。現在の高校野球はこれくらいのスピードを投げるピッチャーはゴロゴロいるが、当時は希少であり、それが2人ともなれば勝ち上がってきたことも納得できる。

正直、速い投手はあまり得意ではなかったので不安になった。相手投手のビデオをチームで見ていて疑問に思ったのは何故これほどのピッチャーがいてシード校ではないのか。監督に尋ねるとどうやら両投手とも怪我で出場していなかったらしい。四球癖など何か弱点があるのではないかと期待をしたがそれなら納得できる。間違いなくここまでで1番の強敵である。

試合は初回から動いた。ヒットと四球でピンチを招くと早々に3点を取られる苦しい展開。さらに3回に追加点を取られ、0-4の劣勢。僕は昨年負けた時の焦りのようなものをベンチ全体から感じた。それでも去年と違うのは僕が声を出すことしかできなかった1年生ではなく、チームの主力選手であり、雰囲気を変えられる立場にあることだ。

俺がこの雰囲気を変えてやると意気込んで打席に入った。2アウトランナー2塁。早々に追い込まれたが粘りに粘って最後はセンター前にヒットを放ち1点を返した。塁上からベンチ・スタンドを見ると今までの雰囲気と明らかに変わっていた。その雰囲気に変えた自分自身も震えた。

そして迎えた6回。2アウトながら1・2塁、ホームランが出れば同点というシチュエーションで再度僕に打順が回ってきた。ここまでの2打席、いずれもヒット打っており、タイミングが僕と合うのかどことなくまたヒットが打てそうな気がしていた。打席に向かうまでに頭の中を整理し、狙い球・コースを絞った。

そしていざ打席に入ろうとするとタイムがかかった。ピッチャー交代。ここまで当たっていたし当然の策とは言えるが、僕が打席に入る寸前までタイムを掛けなかった相手監督のいやらしさに若干イラっとしたが一度ベンチに戻って水を飲んで冷静になった。

相手投手の投球練習でしっかりとタイミングを取り、ビデオで見た情報の中から再度狙い球とコースを絞った。打席に向かう際、ベンチやスタンドからの地面が揺れるような大きな声援を感じた。打席に入り大きく深呼吸をして相手を睨みつける。

初球、読み通りのアウトコースの真っ直ぐに手を出したがファールとなる。恐らく先発ピッチャーより球速自体は遅いが体感速度はこれまで味わったことのないレベルで度肝を抜かれた。それでも冷静だった僕は、振り遅れを見たキャッチャーがインコースに真っ直ぐを要求するとヤマを張った。投げた瞬間、甘いと感じた僕は思いっきりバットを振った。ジャストミート。手に感触が残らないほど真芯で捕えた打球はものすごい勢いで左中間へと飛んで行った…。

なお、この一球はあれから20年たった今でも夢に出てくるほど鮮明に記憶に残っている。

【辻家の人々~野球選手の息子はいかにしてスロライターになったか~】 伝説のプロ野球選手・辻発彦の息子がどんな幼少期を過ごしたのか、どんな経験を経てパチスロ必勝本ライター・辻ヤスシとなったのかを描いていくノンフィクション小説。有名人の息子ならではの苦悩や心境は、野球ファンでなくとも面白く読めると思う。

-コラム
-,