コラム

【連載小説「辻家の人々」】023 強化指定選手

自分が入学した高校は市立だった。普通、高校野球の強豪校は私立に多く、県立や市立など公立の強豪校は相対的に少ない。

しかし、この学校は違った。夏の大会ではベスト16以上の成績を毎年のように収めるほどの古豪だった。それゆえに、野球目当てで入学してくる実力者も多かった。

自分も野球目当てで入学したうちの一人だ。ただし、実力者とは決して言えないレベルの選手だった。

なにせ、中学生時代の自分は(一度退部したとはいえ)試合にもほとんど出ていない。その程度の実力だったのだ。我ながら残念だが、“何となく野球が好きで入部したヤツら”と同等か、ヘタすればそれ以下だった。

入学直後、正式に新1年生・新入部員として練習に参加した日のことだ。練習が始まる前に新入生が集められ、『強化指定選手』の発表があった。

強化指定選手に選ばれた選手は早くもチームの戦力として認められ、1軍帯同となる。成績次第では数か月後の夏の大会からレギュラーとして試合に出られる可能性もある。

その強化指定選手に3人が選ばれた。

1人目は中学校の頃に埼玉県選抜にも選ばれたことのあるキャッチャー。

2人目は軟式出身ではあったが、入学前の練習期間でホームランを連発していた内野手。

そして、3人目は自分である。

前述した通り、実力はない。そうなると、選ばれた理由は1つ。父親の存在である。

レギュラーになって甲子園の舞台に立つ…そう誓って入学した高校で早々にそのチャンスが巡ってきた……が、実力で掴んだわけではない。そんなことは自分が一番よくわかっていた。

また、同期はまだしも先輩の目も怖かった。

――これまで試合に出るために必死に練習し、実力をつけてきた。引退までの残された時間は少ない――そんな先輩たちにとって「依怙贔屓で実力のない新入生が一足飛びでレギュラーを手にするかもしれない」なんて、決して許せることではないだろう。

発表を受けたものの、自分は辞退しようと決めていた。練習が終わった後に監督に「外して下さい」と言いに行こう、そう考えながらも1軍練習に挑んだ。

圧倒された。

先輩たちの実力はもちろんだが、それ以上に1軍選手たちの鬼気迫るプレーに、である。手を抜いている人など誰1人としていなかった。全員が全力でボールを追いかけ、泥まみれになり、声を張り上げていた。中学校での練習とは比べ物にならなかった。憧れた高校野球がそこにあったのだ。

練習後――本物の高校野球に触れたことで、自分もこの中に身を置き続けたいという気持ちが芽生えていた。

しかし、冷静に今日の練習内容を振り返ってみると、自分のミスでプレーを止めてしまうことも多く、チームに迷惑を掛けていたのは明らかだった。1軍に籍を置き続けたい気持ちと辞退しなければ…という気持ちがぶつかり合っていた。

その時、キャプテンから声を掛けられた。

先輩選手で1軍帯同できない選手のことや、チーム全体の士気を考え、辞退を促される――そう思った。

掛けられた言葉は意外なものだった。

「声に実力はない。プレーは下手でもいいから、とにかくチームで1番声を出せ。存在をアピールすれば周りは納得していく」

キャプテンはそう言って、自分の肩あたりをグラブでドスッと叩き、去っていった。

キャプテンに、これまで互いに切磋琢磨してきたチームメイトへの想いが無いわけがない。そんな想いを押し殺してでも、自分にこんな言葉をかけてくれたのだろう。

その気持ちにこたえなければいけないと思った。

元気に声を出して存在をアピールする――こんなものは大前提でしかない。戦力としてプレーの実力を上げなければならない。真意はともかく、どんな形であれ1軍帯同を許されたのだから、このチャンスを活かそう。そう割り切り、辞退することをやめた。

いずれ必ず、1軍に無くてはならない選手になる。

そう決意した自分は、翌日から始発で学校に向かい1人朝練を始めた。

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