辻家の人々

【連載小説「辻家の人々」】032 驚きの世代交代

我が校の夏の大会は初戦のコールド勝ちから始まり、その後も順調に勝ち進んだ。

そして、迎えた準々決勝――相手校は春の大会でもベスト4に入った強豪、M高だった。M高は超変則投手をエースとして擁し、その強みを遺憾なく発揮していた。

エース投手は新聞でも取り上げられるほど有名だった。その特徴は前述した通り、「超変則的」な投法にあった。基本は上からの投げだが、時には斜めから、時には横から……と自由自在にフォームを変え、それぞれの投げ方で独特の変化球を持っており、新聞では「16種類の変化球」と大きく取り上げられ、その多彩な球種はおおいに話題になっていた。

僕はベンチ入りしたばかりの1年選手で、レギュラーではない。つまり、彼と直接対戦することはほぼない。だが、それでも万が一のことを考えると不安で仕方なかった。

先制したのはM高だった。我がチームのミスも絡んで早々に3点を取られてしまった。一方、コチラは得点できぬまま5回が終わってしまった。変則ピッチャーを相手にチャンスを作ることすらできない…という状況だった。

劣勢の中で『負けたら終わり』というプレッシャーからか、監督・部長含めベンチ全体にこれまではなかった焦りのようなものが生まれているのを感じた。初めて感じたそのプレッシャーに僕も押し潰されそうになり、声は張り上げていたものの気付けば下を向いていることが多かった。

それでも我がチームの投手は集中力を切らさずにしっかりとしたピッチングを展開した。序盤こそ3失点したものの、それ以降は得点ボードに0を並べ続けた。

7回に四球絡みで何とか2点を返す。これでスコアは2-3となったワケだが、いまだクリーンヒットはゼロだ。完全に相手ピッチャーの術中にハマっていた。

そして迎えた最終回。

この攻撃で1点でも取れなければ夏が終わる。ベンチ内に緊張感が張り詰める中、2アウトランナー2塁という状況を迎えていた。

一打出れば同点……我がチームの目は今まさに打席に立っているバッターに全て注がれていた。ピッチャーが投げた白球は、バッターの渾身のスイングに捉えられた。打球がレフト方向へと飛んで行く――僕は祈るようにその行方を追った。頼む、抜けてくれ……。

しかし、無情にもボールはレフトのグローブへと収まった。一瞬、球場全体の音が遠くなったように感じた。

こうして、3年生の(…そして、僕に取っては初めての)夏の大会が終わった。

両チームのベンチ入りメンバーが全員ホームへと並び、礼をして握手を交わした。踵を返しベンチへと戻った瞬間、大半のメンバーがその場で泣き崩れた。

先輩たちは皆、野球に真剣に取り組み、常に自分にも周りにも厳しかった。そして、我々後輩には決して弱いところを見せなかった。そんな彼らが人目も憚らずに泣く姿を見て、高校野球の厳しさ、残酷さを改めて思い知った。

ただ、僕は涙一つ出なかった。

僕にはまだ2年ある。僕が守るサードはレギュラーも2番手も3年生だった。つまり、順調にいけば僕は新チームでレギュラーになる。来年はここで甲子園への切符を手にし、笑顔でグランドを去れるように頑張ろう、そう決意していたのだ。泣いている暇はない。

部室に帰る頃には3年生の誰一人として泣いている者はいなかった。というよりもむしろ、いつもよりも明るかったことに驚いた。

3年生の一人が口を開いた。

「明日から夏休みだな!!」

辛かった練習から解放され、明日から夏休みを全力で堪能できる――そりゃあ明るくもなるだろ、と彼は教えてくれた。そして「これは強がりじゃないぞ」とも付け足した。

強がりじゃない……それを額面通りに受け取ることはできなかったが、少し心が軽くなった。

しばらくして、監督と部長が帰着し、1・2年生のみ集められた。内容はというと、主に新チームの士気を高めようとする長ったらしいお言葉と新キャプテンの発表だった。

新キャプテンは(当然だが)現・2年生のなかから選ばれた。彼は元々2年生のまとめ役や1年生の教育を任されていたショートのレギュラー選手であり、全員の予想通りの人選だった。そのまま解散かと思いきやもう1つの発表があった。それは新チームより1年生にもキャプテン制度を設けるというものだった。

そして、その1年生キャプテンに指名されたのは……僕だった。

【辻家の人々~野球選手の息子はいかにしてスロライターになったか~】
伝説のプロ野球選手・辻発彦の息子がどんな幼少期を過ごしたのか、どんな経験を経てパチスロ必勝本ライター・辻ヤスシとなったのかを描いていくノンフィクション小説。有名人の息子ならではの苦悩や心境は、野球ファンでなくとも面白く読めると思う。

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