コラム

【連載小説「辻家の人々」】034 同級生のライバル

3年生が引退し、新チームへと移行するタイミングで、父親から声をかけられた。内容は、今後についてのアドバイスだった。

「同級生にライバルを作りなさい。互いの技術が伸びることはもちろん、後輩として試合に出るときに必ず支えあうことができるから」

前半の「ライバルを作る」という部分についてはスポコン漫画などでもよくある展開ゆえ容易に理解することができたが、後半の「後輩として試合に出るときの支え」という部分が何を意味するのか、その場では理解できなかった。

ただ、父親はすべてを語らない性格なため、おそらく尋ねても『自分で考えろ』と返ってくるので、僕は「わかった!」の一言にとどめた。

新チームのスタートは強みと弱みがはっきりとしていた。

先代のチームの時代からレギュラーを張っていた2年生選手が3人いた。その3人がそれぞれ、二遊間とセンターを守っていた。センターラインを任されるだけあって守備はピカイチ。特にショートのM先輩は守備の名手として県内でその名を轟かせていた。僕もその先輩の魔法のような守備に魅せられ、よく話を聞かせてもらっていた。

お次は、ピッチャーについてだ。先代のチームでは3年生の選手が絶対的エースとして君臨していたが、2番手~4番手は2年生選手だった。つまり、今のチームのピッチャーは人材が豊富――ということになるため、不安は一切なかった。

そういった2年生選手の築いた土台に加えて、1年生選手からはサードとして僕、そしてファーストにもう一名が入っていた(もちろん、僕に関してはレギュラー確定ではなかったが、これまでの経験と努力の数で負けるわけがない――という自負があった。いや、正確には、そう自分に言い聞かせて自信に変えようと思っていた)。

1番の問題はキャッチャーだった。キャッチャーは「扇の要」であり、グランドの監督とまで言われるほど大事なポジション。チームの勝敗を大きく左右する存在といっても過言ではない。その弱みは監督・部長、選手全員が理解していた。

キャッチャーはチームに複数人いたが、全員、試合に出場した回数が数えるほどしかなく、経験値が不足していた。そのため、試合では流れを読むことやピッチャーに声をかけるタイミング、チームに出す指示など、「ズレている」と感じさせられることが多々あり、守っている際にチーム全体が落ち着かないと常に感じていた。

技術云々は抜きにこれらは「試合に慣れる」ことでしか克服できないのだ。監督の思いも同じのようで、色々な選手を試合に出して、光るものがある選手を1人決めて育てようと考えていたのだろう。その証拠にほかのポジションとは違い、キャッチャーだけは毎試合違う選手がマスクを被った。

こうして、夏休みの1ヶ月間で数多くの練習試合をこなした。しかし、結局最後までキャッチャーのポジションは固定できぬまま、春の甲子園出場がかかった県予選が月末に始まる9月へと突入することとなった。皆が不安を覚えるなか、我が新生チームをさらなる悲劇が襲った。

県内でも名将の1人と言われていた我がチームの監督が病気で倒れたのだ。

「今日からMにはキャッチャーをやってもらう。本人とはもう話はしてある」

練習前に選手を集めて衝撃の言葉をチームにかけたのは前・部長であり、僕のことをドラ息子と呼ぶ中学校の時から目をかけてくれた現・監督代行だった。

前・監督が病気で長期入院を余儀なくされ、押しあがる形で監督代行に就任したのだ。基本的に監督や部長の言葉を聞く際は静かに聞かなければ鉄拳が飛んでくるのが常だ。だが、この時だけは流石にザワついた。

先述した通り、そのMという2年生選手は守備の名手であるショートのレギュラー選手である。もちろん、キャッチャーは未経験。

守備が上手く肩が強い、試合慣れもしている――という強みはあるが、とはいえ大会まで残り1ヶ月でのコンバートある。そんな短期間で、キャッチャーとしてどうにかなるものなのか? そして、内野の中心だったM先輩のショートという大事なポジションに、一体誰が入るのか?

不安は膨らむばかりだった。監督代行の話が終わり、守備練習のため選手一同が離散していく。皆が気になっていた一軍ショートの空いたスポットに入ったのは、1年生選手のYだった。特に目立った選手でもない僕と同じ学年の選手。

Yは元々ピッチャーで、内野は未経験だった。

この起用に納得のいかない控え選手も多く、この日からしばらくの間、愚痴が飛び交うこととなった。「親から賄賂をもらったんだ。依怙贔屓だ」などと根も葉もないことを言う者もいた。

そんなYが、父親が言ったような「ライバル」になるとは――この時点で知る由もなかった。

【辻家の人々~野球選手の息子はいかにしてスロライターになったか~】 伝説のプロ野球選手・辻発彦の息子がどんな幼少期を過ごしたのか、どんな経験を経てパチスロ必勝本ライター・辻ヤスシとなったのかを描いていくノンフィクション小説。有名人の息子ならではの苦悩や心境は、野球ファンでなくとも面白く読めると思う。

 

 

 

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