辻家の人々

【連載小説「辻家の人々」】035 Yの実力

内野手には一球ごとに牽制やバントシフトなどサインが送られてくる。加えて、外野手にピッチャーがインコースに投げるのかアウトコースに投げるのか、真っ直ぐなのか変化球なのか守りながら手を後ろに回してサインを送らなければいけない。

ざっくりとした流れを説明するとこうなる。

ベンチにいる監督のサインを見て、キャッチャーの内野手へのサインを見て、ピッチャーにサインを出して、キャッチャーのピッチャーへのサインを見て、内野やピッチャーがどういう動きをするのか外野に伝える。

特にセカンド・ショートは全てにおいて休む間もなく動かなければいけない。ただ単に守ればいいわけではなく、常に頭をフル回転させながら守備についているわけだ。

そのため、これまでピッチャーしかやってこず、いきなりショートのポジションに放り込まれた同級生のYにとっては、技術以上にそういった連携を覚えることが重荷となる。なんせ、そのサインプレーは1人ミスをすると、全てが崩壊してチームに迷惑をかけてしまうのだから。

学校では僕は商業科、Yは情報処理科で校舎は別。また、部室も別塔、練習メニューも野手とピッチャーは異なるため、入学して5ヶ月間は挨拶ぐらいで、まともに喋ったことがなかった。

「すまん、何もわからないから教えてほしい」

Yからウォーミングアップ中にいきなりそう声をかけられた。確かに、3年生に交じって試合に出ていた僕はサインや動きを熟知している。とはいえ、仲が良くない人と話すのが苦手な僕には正直億劫だった。ただ、これから僕と三遊間を組むかもしれないので、気持ちを隠しながら事細かに、そして丁寧に色々と説明をした。

ランニングをした後、準備運動をし、そこからキャッチボール。これがチームの決まったウォーミングアップで、その後の練習メニューはランダムである。

そして、この日は投内連携という文字通り投手と内野手の連携からスタートした。投内連携はバッティングやノックに比べて地味だし、色々な声の指示が重要となるため面倒くさい練習の1つ。個人的にはボールを使った練習の中で1番嫌いだった。

キャッチャーとショートのコンバートが理由で組まれたメニューなのは明らかで、僕の苛立ちの矛先はそのコンバートを決めた監督代行へと向いた。

ただでさえ嫌いな投内練習の結果は散々だった。原因はショートの同級生Yだった。

キャッチャーにコンバートされた先輩は元々ショートだったし、動きもよかった。何なら、これまでマスクを被ってきた他のキャッチャーの誰よりも対応していたほどだった。だが、これまでピッチャーだったYの方はと言えば、酷い出来だった。

僕が教えたとはいえ、頭で理解していてもいきなり動けるほどスポーツは甘くはない。動き・連携のミスが続き、それを引きずってエラー連発。控え選手からは贔屓起用だと思われていることもあって、ミスのたびに浴びせられる煽りのような声は強さを増していった。

流石に可哀想だと思い、直接声を掛けに行ったが下を向いたまま返事がなかった。わずか半日で選手が潰れた…僕はそう思った。

同級生Yのミスでいつも以上に長く感じた投内連携が終わり、そのままノックへと移った。あの精神状態だと、またミスを連発して練習が長くなる……そんな風に若干イライラしながらノックを受け始めた。

「え⁉」

そう心の中で声を上げたのは僕だけではなかったハズだ。もしかすると、ノックを受けていた選手全員かもしれない。

開いた口が塞がらなかった。

もしかしたら元ショートの先輩以上かもしれない。

Yの動きは――それほど凄かった。

僕はすぐさま監督代行の顔を見た。腹が立つほどニヤニヤしている。たまたまかもしれないと、Yの動きに目を凝らした。

守備範囲、取ってからの速さ、送球の強さ、ショート未経験とは到底思えなかった。もちろん、慣れないこともあってエラーはあったが、この時すでに僕は守備だけでいえば「敵わない」とすら思った。

よく考えてみれば、監督代行は練習中にサブグランドの方で控え選手を中心に見ていた。その時から光るものを感じていたのかもしれない。とはいえ、元監督に進言できるほどの立場ではなかったため、これまで表に出さなかったのだろう。

それが監督代行となって好きにやれる立場になったことで、これまでの形を壊して新たな形を作ろうとした――。流石である。練習後、僕はまたYから声を掛けられた。

「明日から俺も朝練に参加していい?」

僕は相変わらず、朝練を1人で行っていた。朝練を1人でやることに『練習を頑張ってえらい。これをやっていればほかの人に負けるわけがない』そんな自己満足がモチベーションだったので、誰かと練習をすることはあまり気が進まなかった。が、父親の言葉が頭をよぎった。

「同級生にライバルを作りなさい。互いの技術が伸びることはもちろん、後輩として試合に出るときに必ず支えあうことができるから」

こいつとなら俺も成長できるかもしれない。そして、理解できなかった言葉の意味が分かるかもしれない。この際、人間として合う合わないは関係ない。そう思い首を縦に振った。

そこから「とある日」まで、僕たち2人は切磋琢磨してライバル関係を続けることになる。

【辻家の人々~野球選手の息子はいかにしてスロライターになったか~】 伝説のプロ野球選手・辻発彦の息子がどんな幼少期を過ごしたのか、どんな経験を経てパチスロ必勝本ライター・辻ヤスシとなったのかを描いていくノンフィクション小説。有名人の息子ならではの苦悩や心境は、野球ファンでなくとも面白く読めると思う。

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