


32年間、粘って当てることもなく、数千円、いや5百円でミドルでもハイミドルでも大当り確率に一切関係なく“釘がどうのこうの”なんてパチプロみたいな台選びは一切しないのにプラス1億円も勝てたのか、いまだに納得出来ていない方があまりに多くてビックリしています。
パチンコ必勝本プラスオリ法を見て下さい。
パチンコがそもそも回るから勝てるという発想を一切持っていません!
なぜなら、ホールのパチンコ台で“こりゃ回る”と思ったのは1998年の北海道ミステリーツアーに日本旅行のイベントで行った時の、いまは無きホールの“モーニング目隠し台サービス”で、バトルヒーローの釘がカバっと開いてて、スタートチャッカーに入るだけで上皿の玉が溢れていく、現在ではありえないサービスを北海道で体験出来たことくらいだからです。
“回って当る”というよりは、“回って勝手に玉が増える”という夢のようなサービスでした。
こんな自由競争の資本主義の世界でパチンコのサービスがこんなに厳しくなったのは、やっぱりお金が動くゲームのパチンコでは仕方がないのかもしれません。
32年前、人生40歳で触れたパチンコは、それまでパチプロVS釘師の対決イメージの現金連チャン機で、アナログな設計ミスで攻略法といういかがわしいモノが売り買いされるグレーな世界のイメージでした。
当時のテレビのドキュメント番組でも、借金に苦しめられる人々のギャンブルとして忌み嫌われるイメージです。
でも1994年3月31日、人生で初めてパチンコホールの早朝の行列に参加したドンキホーテが知ったパチンコは、一般の方々が嬉々としてカードを使って設定のあるパチンコ、CR(カードリーダー)の時代の幕開けでした。
打つ前に1000円3000円5000円のプリペイドカードを買ってプレイスタートです。



1日10万円、20万円の両替も目撃して、“パチンコって凄いな!儲かるな!”というイメージが定着しました。
もちろん負けて3~4万失くなる日もあるけれど、“小さく負けて大きく勝てばいい”と、ボクの32年間変わらぬパチンコポリシーが決まったのでした。
1日13時間1台を打ち続ければ、勝てたサービス月間はすぐ終わって、負ける日が増えていきました。
1994年5月末から6月の梅雨の頃には、こりゃ1日中座ってたら店の思うツボじゃないかと気づきます。
元々貧乏性のドンキホーテは1日5万も10万もセカンドバッグに入れて打ってる方とは一線を画します。
この1枚のお札でダメな台1台につぎ込んで取り戻せる保証が一体どこにあるんだろうと、粘って打つことに一番疑問を抱いたのでした。
それでも当時は1万円で1時間遊べたくらい、当初のCR花満開はキャンペーンのように回してたんだなぁと気づいたのは、何年も経ってからのことでした。
いまのラッキートリガーのパチンコ台は1時間で2万円は余裕で消えます。
大きな2400発入るドル箱も2.1~2.3円交換の時代だったので、等価では1200発も入ればいいくらい小さくなったかと思ったら、そのドル箱さえラッキートリガーの循環式の封入式パチンコになって消えてしまいました。
気が付けばデジタルで消えていく出玉を一瞬のお座り一発、“オスイチ”で一気に取り返す必勝の立ち回りを、この毎日コラムと本日発売のパチンコ必勝本プラスオリ法でチェックして下さい。
P.S. 今日は実戦なしです。
▼2026年3月トータル収支
+18万2500円
▼2026年トータル収支(※3月19日現在)
+73万8000円
▼総トータル収支
1994年3月31日~2026年3月19日
+1億592万3840円