コラム

【連載小説「辻家の人々」】039 「バッティング改造」

高校野球の大きな大会は秋・春・夏となる。ただ、甲子園に繋がるのは秋と夏のみ。春の大会は「最も大きい夏の大会の準備」といっても過言ではない。

埼玉県は春の県大会でベスト16に残ればシード校となり1回戦免除、加えて他のシード校と5回戦まで当たらなくて済む。最終的に甲子園に行けるのは1つの高校のみだが、試合をこなして行くとチーム力が上がり、勢いも出る。

特に我が校のように実力が強豪校より劣るチームは勝ってきた勢いが間違いなく必要となるため、極力後半で戦いたいものである。そういった意味で直接甲子園には繋がらないが、春の大会は重要となってくる。

あと1勝をもぎ取ればシード校となれるベスト32まで勝ち残った我がチームは、次戦で強豪校とあたった。最も大事な試合だという緊張感のなか、きっちりと勝利。シードを勝ち取った。

加えて、僕は全試合サードでスタメン、エラーはゼロ。バッティングも打率4割越え、ホームラン1本とシード獲得に大いに貢献できた。このバッティングが評価され、大会初戦では7番だったのが試合ごとに上位へと上がり、気付けば5番にまで昇格していた。監督の評価は打順に現れるため、自分の手応えと評価が合致したことが何より嬉しかった。

ただ、この好成績とは裏腹に大会中にもかかわらず僕はバッティングについて悩んでいた。というのも以前、父親に金属バットでホームランを逆方向に打てないなら上ではやれないと言われたからだった。

少し専門的な話になるが、右バッターにとっての逆方向というのは右方向を指す。俗に言う流し打ちである。実はこれが本当に難しく、高校生の金属バットとプロ野球の木製バットという大きな違いがあるが、現在のプロ野球選手でも逆方向にバンバンとホームランを打てる選手は数えるほどしかいない。

例えるなら、綱をピンと張った状態で引っ張るのが左方向への打球、綱を押すのが逆方向の打球である。当然、力が伝わりづらく、そうなると打球は失速しながら右にキレて距離をロスしてしまうのだ。もちろん、ヒット性なら多少の練習で打てるようにはなる。ただ、それをホームランにするとなると技術とパワーを要する。

そこを目指すとなれば多少なりともバッティングを改造しなければいけないし、それによってこれまでできていたことができなくなる恐れもある。春の大会では今まで通りのバッティングと新たなバッティングを場面で使い分けて結果を残せたが、本番の夏の大会まで残り3か月。下手したらレギュラーすら危うくなってしまうかもしれないと思うと、本格的なバッティング改造は怖かった。

ただ、この頃の僕は甲子園でヒーローになりたいという夢を追うとともに、最終的にプロに行きたいという新たな夢も抱くようになっていた。そのためには父親の言葉がポイントになるような気がしてならない。そこで僕は“父親”の言葉ではなく、プロ野球で結果を残し続けた“選手”の言葉として受け止めようと決め、監督にこのことを伝えた。

「多少、結果が出なくても使い続けてやるからやってみろ」

と監督は言ってくれた。改めて、良い指導者と出会ったと感じた。監督は翌日から毎日朝練に顔を出してくれた。そして徹底的にバッティングを指導してくれた。

それはまさに二人三脚だった。

【辻家の人々~野球選手の息子はいかにしてスロライターになったか~】 伝説のプロ野球選手・辻発彦の息子がどんな幼少期を過ごしたのか、どんな経験を経てパチスロ必勝本ライター・辻ヤスシとなったのかを描いていくノンフィクション小説。有名人の息子ならではの苦悩や心境は、野球ファンでなくとも面白く読めると思う。

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