読み物 辻家の人々

【連載小説「辻家の人々」】040 「ウエイト室での怒号」

夏の大会を1カ月半後に控えたある日の練習後、ウエイト室にチームのメンバー全員が集められた。

夏の大会までの期間、練習を行う選抜メンバーの発表である。昨年と同様、夏の大会に選手として出場するためには、この選抜メンバーになることが第1段階となる。ここで外された場合は、今後1カ月半の全体練習におけるサポート役へと回る。当然、夏の大会ではレギュラーはおろかベンチ入りの可能性すら消える。そのため、選ばれなかった3年生にとっては、今日が実質的な『引退』の日となる。

発表は高学年から順になされた。

選ばれた3年生の名が読まれるなか、僕は昨年のことを思い出していた。

昨年、1年生だった僕は父親がプロ野球選手という立場で――依怙贔屓で選ばれた。その頃の僕の実力では、チームの戦力を1ミリたりとも底上げできないことは自覚していた。それでも当時のキャプテンは、

「毎年、将来のチームを背負うであろう1年生が選ばれて経験を積むんだ。気にすることはない」と声を掛けてくれたが、僕がメンバーに選ばれたことによって弾き出されるように引退となってしまった3年生がいたはずだ。そう考えると胸が痛かった。その後、メンバーに選ばれずに泣いていた先輩と目を合わすことはできなかった。

「じ…つじ…辻っ‼」

気付けば3年生の発表が終わり、2年生の発表へと移っていた。名を呼ばれた僕は焦って少々甲高い声で返事をした。

今年も選ばれてよかった…そういった気持ちは一切なかった。今の僕は昨年とは違う。この1年間、野球に必要なことすべてをレベルアップさせ、5番サードというポジションを自ら掴み取った。今や僕はチームの中心選手だ。例え3年生に陰口を叩かれても、言い返せるほどの努力をし、その実力がある――と自負していた。ゆえに僕は下を向いていた昨年と違い、しっかりと前を向き、胸を張った。

ミーティングが終わり、事実上引退となった3年生は今年もウエイト室で筋トレを行っていた。引退後に大手を振るって遊びに行く海にて、「美ボディー」を披露するためだ。

昨年知ったこの切なくも微笑ましい姿を、僕は部室から見ていた。そして、僕自身も練習の締めの日課となっていた筋トレをするためにウエイト室へと向かった。窓越しに何人かの3年生と目が合い、昨年は3年生に合わせる顔がなくて入るに入れなかったなぁ~なんて思いながら扉を開けた。すると、3年生の1人が叫んだ。

「てめぇのエラーで俺らの夏を終わらせたら殺すぞ!!」

その怒号に僕は身体が固まった。筋トレに励んでいた3年生全員が、手を止めて睨みながらこちらを見ていた。唐突な出来事に声すら出なかった。その直後、ウエイト室が爆笑に包まれた。しょうもないドッキリである。

「冗談だよ。俺らの分も頑張ってくれよ!!」

素敵な先輩たちである。それと同時に最初の『てめぇのエラーで…』という言葉に、3年生も僕のことをレギュラーとして認めてくれているんだと嬉しくなった。僕は改めて、先輩たちを甲子園に連れて行くと決意した。

【辻家の人々~野球選手の息子はいかにしてスロライターになったか~】 伝説のプロ野球選手・辻発彦の息子がどんな幼少期を過ごしたのか、どんな経験を経てパチスロ必勝本ライター・辻ヤスシとなったのかを描いていくノンフィクション小説。有名人の息子ならではの苦悩や心境は、野球ファンでなくとも面白く読めると思う。

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