読み物 辻家の人々

【連載小説「辻家の人々」】041 「不安なリフレッシュ期間」

体を追い込む地獄のような1カ月を終え、レギュラーとして挑む初の夏の大会まで2週間を切った。

ここからは調整と呼ばれる軽めの練習を行い、疲れを抜いて本番へと向かう。これまでは全体練習が早く終わっても、自主練習で自分を追い込んでいた。そのため、帰宅時間は夜遅くなっていたのだが、そういった自主練習も禁止される。つまり、家で過ごす時間が多くなる。

テレビを見たり、ゲームをしたり……普段できないことをやろうとも試みたが、目が疲れて試合に影響が出るかもしれない――と思い、すぐにヤメた。

結果、部屋に籠って野球のことばかり考える。元々がネガティブ思考なのか、「試合で失敗してしまったら…」などと気持ちがドンドン落ちていった。

それを振り払うようにバットを振ろうとしても、ある程度の時間を超えると父親から声を掛けられてヤメさせられた。全く、監督の根回しには恐れ入る。

そんな日々を過ごしていたある日、あまり外出が好きではない両親から「出掛けるぞ‼」と言われた。

お好み焼き屋に入り、家族で鉄板を囲んだ。相変わらず口数の少ない父親、普段外食をしないゆえに物珍しそうにひたすらメニューを読み込む母親。そして、鉄板で火傷したら試合に支障が出てしまうと考える息子。傍から見たら何とも不思議な家族だったろうか。それでも、滅多に外食をしない家庭だったため、非常に新鮮でリフレッシュはできた。

満腹になり、あとは家に帰ってゆっくり寝るだけ――そう思ったが、車は自宅とは逆方向に向かった。

車を止めた場所はまさかのカラオケBOXだった。

これまでの人生で両親とカラオケに来たこともなければ、歌声すら聞いたこともない。何故、このタイミングでカラオケなのか……と思っていると、

「ココなら怪我なんてしないでしょ」

母親は首をすくめて、いたずらに笑った。僕の考えをすべて見透かされているような気がして恥ずかしかったが、よく見てくれているんだなぁ…と嬉しくなった。

想像通り歌も上手かった父親と信じられないぐらい音痴の母親。両親とカラオケなんて恥ずかしくて友達には言えないが、久々に心から笑えるほど楽しい時間を過ごした。

なんと、カラオケの滞在時間は5時間に及んだ。時計は深夜2時を指していた。高校生をこんな時間まで外で過ごさせる親もどうかと思うが、リフレッシュできたことを考えると感謝しかない。

最後に父親から、「夏の大会で使いなさい」とバッティング手袋をもらった。基本的に使い込んで壊れたモノを見せないと新調してくれない父親からの突然のプレゼントだったため驚いたが、両親の色々な思いが詰まっているとすぐに感じられた。

そして、僕はこの手袋で挑んだ夏の大会で驚異的な成績を残すのだった。

【辻家の人々~野球選手の息子はいかにしてスロライターになったか~】 伝説のプロ野球選手・辻発彦の息子がどんな幼少期を過ごしたのか、どんな経験を経てパチスロ必勝本ライター・辻ヤスシとなったのかを描いていくノンフィクション小説。有名人の息子ならではの苦悩や心境は、野球ファンでなくとも面白く読めると思う。

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