コラム

【連載小説「辻家の人々」】042 「垂涎の県営球場」

埼玉県は出場高校が多いため、試合会場が10を超える。その大半が市営球場となっており、基本的に両校との距離を考慮して試合会場が決まるのだが、シード校が絡む試合に関しては唯一の県営球場で試合を行う可能性がある。

県営球場といえば地元球団である西武ライオンズが年に数試合、本拠地として試合を行うほどグランドコンディションが良く、広さも申し分ない。加えて、地元局『テレビ埼玉』での中継も行われるため、甲子園…とまではいかないが、埼玉県の球児にとってあこがれの地であり、僕もその一人であった。

試合会場は組み合わせ抽選会の翌日に発表されるのだが、部室の掲示板に張り出されたソレを見て部員は大いに盛り上がった。我が校はシード校とはいえ春はベスト16。上位シードほど県営でやれる可能性が高くなるため、あまり期待はしていなかったが初戦が県営で行えることとなった。

こんなことを言ったら対戦相手に失礼だが、実力だけで言えば10回やって10回勝てる相手。高校野球は前評判通りにいかないから面白いなんてよく言われるが、それはお互いの実力が一定ラインを超えていなければ起こりえないと言い切っていいだろう。

要するにである。これだけの実力差があれば選手各々の実力を存分に発揮でき、チームとしてというよりイチ選手として学校内だけではなく県内で目立つことができる。僕はより一層テンションが上がり、そこから毎日の日課である家での素振りにこっそりとホームランを打った時のためにバット投げの練習を加えた。

大事な夏の初戦。チームとしては5回で10点以上の差をつけてコールド勝ち。最高の滑り出しだった。ただ、6番バッターがチームでただ1人4打席ノーヒット。満塁のチャンス1回を含む3回の得点チャンスで打点を挙げることなく凡打で終わった。理由は力み。それは誰か…いうまでもなく僕である。バット投げのチャンスも当然なかった。

部室に帰り、自分の打席をビデオで振り返った。全打席全球、ホームランを狙ったような大振りにため息が出た。僕は1年間なんのために練習を頑張ってきたのか…ようやく冷静になった。すると、そんな僕のそばに寄ってきた人物がいた。監督だ。常に僕の考えを簡単に見透かすため、今回のことも怒られると思い、少しでも監督の沸点を下げるためにより落ち込んだ振りをして下を向いた。すると、監督は思いがけない言葉を僕に掛けた。

「下級生で夏の大会の初戦なんて緊張もするし力む。そんなもんだ。次は頼むぞ‼」

この感動するような一言に僕の感情は

(よっしゃ‼騙せた‼)心の中で拳を握った。

監督を騙せたことで今日の試合は僕の中で完結。そのため、気持ちは沈むことなく帰路についていた。実家に到着し、玄関の扉を開けて居間に目をやると鬼の形相でこちらを向いている父親がそこにはいた。テレビ中継あったため、今日の試合を見ていた父親は僕の心の中まですべて見透かしていたのである。夏の大会を甘く見るな!! お前のせいで負けていたらどうするんだ!!とこっぴどく怒られたのは言うまでもない。

【辻家の人々~野球選手の息子はいかにしてスロライターになったか~】 伝説のプロ野球選手・辻発彦の息子がどんな幼少期を過ごしたのか、どんな経験を経てパチスロ必勝本ライター・辻ヤスシとなったのかを描いていくノンフィクション小説。有名人の息子ならではの苦悩や心境は、野球ファンでなくとも面白く読めると思う。

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