辻家の人々

【連載小説「辻家の人々」】027 親父に人生初の相談をする

僕が高校へ入学し、最初の春の大会が終わった。

我が川越商業高校(現・市立川越高校)は、埼玉県の準決勝で強豪・花咲徳栄高校に勝利するも、決勝では関東No.1との呼び声も高いピッチャーを擁する春日部共栄高校に敗北(0-1)。埼玉県内では2位の成績となったわけだが、関東大会進出への切符は手にしている。

関東大会では横浜高校(僕が高校野球を始めるきっかけとなった松坂大輔投手の母校だ)相手に7-8で敗れた。県大会での敗北と関東大会での敗北、この2つの敗北は、結果として我が野球部の士気を大きく上げるものとなった。

2戦ともに強豪相手に1点差ゲームである。夏の甲子園出場は決して夢ではない、手の届くところにある――部員の誰もがそう思っていた。

チームの中心選手は、コントロール抜群の3年生エース、攻守の要の2年生二遊間、そしてプロのスカウトが注目するほどのバッティング技術を持った3年生キャプテン――と、充実の布陣といってよかった。

僕はといえば、春の大会の時点ではベンチ外だったが、大会終了後はサードの控え選手として1軍に帯同していた。なお、サードのレギュラー選手は前述の3年生キャプテンである。つまり、これから迎える夏の大会に、控え選手である僕が出る可能性はほぼゼロだった。よほどのことがない限り。

『バギッ‼』

練習試合の最中、グランドには聞いたこともないような悍(おぞ)ましい音が響いた。

相手チームのキャッチャーと交錯した我がチームのキャプテンが、その場で蹲っていた。球場にざわめきが広がり、周囲の監督ら大人たちが慌ただしく動き出す。ほどなくして救急車が到着し、キャプテンは病院へと運ばれた。

キャプテンは足を骨折していた。選手生命を奪うようなものではないが、復帰までは少なくとも2ヶ月はかかる――コーチはチームの皆にそう告げた。

夏の大会が始まるまでには2ヶ月半をきっていた。キャプテンの怪我の回復はそれまでにちゃんと間に合うのか……部員たちに不安が広がった。

そんななか、僕は頭の中が真っ白になり、震えが止まらなくなってしまった。レギュラーが試合に出られなくなれば当然2番手が試合に出る。その2番手は僕なのだ。

多少の実力がついてきていたとはいえ、あくまで父親あっての抜擢。それが僕の立ち位置だった。もし…もし、僕のミスで甲子園への道が断たれたら……3年生は悔やんでも悔やみきれないだろう。そんな悪い思考が頭をめぐり、その日以降寝付けない日々が続いた。

翌週、練習試合が行われた。キャプテンが抜けた穴を埋めるため、僕は8番でスタメン出場となった。本番である夏の大会前に行う大事なゲームだ。

この試合で大きなミスをすればサードの控え選手としての地位を剥奪され、1軍帯同も外されるかもしれない――僕は「それもアリ」と考えてしまっていた。それほどに自分の実力を不安視していたし、夏の大会でのミスを恐れていたのだ。

結果、エラーが1つあったものの、それを補うには余りある4安打の固め打ちをした…いや、してしまった。こいつなら多少はキャプテンの穴を埋められるかもしれない。そう思わせてしまったのか、先輩から温かい言葉を次々と掛けられた。

その翌日にも練習試合があり、今度は2番でスタメン出場となった。エラーはなく、打っては3安打……とまたもアピールをしてしまった。

野球人ならば、キャプテンとはいえ同ポジションを争うライバルの怪我を(喜びこそしないが)試合に出られるチャンスと捉えるところだろう。そして、もしキャプテンが復帰しても試合に出るのは自分だと意気込むべきだろう。しかし、自信のない僕は活躍すればするほど追い込まれていった。

――数日後。

耐えきれなくなった僕は、人生で初めて父親に相談した。すると思いがけない言葉が返ってきた。

「小さいねぇ。甲子園を狙えるほどのチームが、贔屓云々だけでレギュラーを決めるわけないだろう」
さらに父親はこう続けた。

「今は、サードの控えにお前がいたからそのまま使っているだけ。駄目だと思ったら他の選手を使うわけだし、実力的にイケると踏めば、お前を使い続ける。そうやって競わせて最後の大会に臨むんだから。もしミスしても、『使った方が悪い』ぐらい楽にやればいいんだよ。俺もそうだったから」
父親というより野球人らしい言葉だった。そして、その言葉がプレッシャーから解放してくれたような気がした。

そして、次の練習試合の日がやってきた。

僕は前回と変わらず2番サードでスタメン出場。父親の言葉で気持ちが楽になっていたからか、試合にもスッと入れた。結果はエラー2つに連係ミス1つ。頼りの打撃も4打席ノーヒット。まぁ…散々である。

「使った方が悪いんだ」……態度には出さないが、意識の上ではふてぶてしく居直ることで、必要以上に落ち込んだりしないよう精神面をコントロールした。

監督が僕を呼んでいる。神妙な顔をしている監督とともに監督室に入る。

そして、緊張感が足りないと1時間以上ドヤされた。その間はずっと正座だ。さらに、気持ちが緩んでいると2発のパンチを喰らった。

親父……話が違うよ……。

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