コラム

17歳へタイムリープした日

今日はコロナで4年間中止になっていた高校の同窓会で、目黒雅叙園にやってきました。
美しい庭園や宴会場も多くの人々で賑わっています。

4年も会っていないと、お互いの元気な姿を見るだけで心の奥からなつかしさと、あの53年以上前の高校時代へタイムリープです。
“不適切にもほどがある”みたいに、タイムマシンのバスや壁の穴に入らなくても、70歳の老人は嬉し恥ずかし17歳の頃にタイムスリップしちゃいます。
新しいメンバーも加わって、会場は誰にも止められない1970年代の高校生の教室のように、うるさいくらいおしゃべりしまくりです。

新ネタというか、新しいエピソードも聞けて、みんな大爆笑です。
東京だけでなく、九州や関西などから緊急参戦したメンバーもいて、お互いの元気を確かめ合います。

一番笑ったのが、生徒指導の恐い先生に叱られた時の言い訳が“70年代だなぁ”と思わせるものでした。
バイク通学で遅刻した同級生が生徒指導の先生に呼び出されます。TVドラマの阿部サダヲさんの演じた“地獄の小川”先生のように、バットや竹刀を持った先生も普通にいた時代です。
ビンタで鼓膜を破ったり、女子生徒もケツバットをされてた70年代です。

そんな恐い先生に遅刻の理由を聞かれて、その生徒は“おはなはんを観てました”と答えたのです。“おはなはん”は樫山文枝さん主演のNHKの朝ドラです。
すっとぼけた返事に、さすがの恐い先生も苦笑いです。

同じように修学旅行のバスの中ではしゃぎまくるボクたち生徒も一喝されて、涙ぐむ者もいる中、飄々と“つい調子に乗って”と明るく返事する生徒のおかげで救われた17歳のドンキホーテたちです。

授業中にカッターシャツの胸ポケットに差していた万年筆のインクが漏れて、ブルーに染まったシャツを掃除用のバケツで洗濯していたり、徹夜麻雀で遅刻したうえに熟睡している者、二日酔いでダウンしたりと、何でもありの教室の風景が次々に浮かんで、70歳のおじいちゃんおばあちゃんが学生服とセーラー服の“昭和”に完全タイムリープしたひとときでした。

マンガ家になった同級生がいるので、会社の同僚や老人会の仲間に“谷村ひとしは来るのか?”と尋ねられた友人もいました。
しかし同級生は、いまのボクには全く興味はなく、パチンコをやらない人たちばかりでとっても気持ちが楽なドンキホーテです。

ボクの半生とパチンコの歴史をマンガにした、コミックパチランの“ドンキホーテのパチンコ百年史”などネットで是非振り返ってみて下さい。
ボクは40歳からのわずか30年のパチンコ人生ですが、パチンコは戦前から続く国民の娯楽です。
1978年に、先日亡くなられた鳥山明先生と一緒にDr.マシリトこと鳥嶋記者に指導を受けて、“空手バカ一代”のアシスタントから週刊少年ジャンプでデビューするまでのマンガ家人生も、苦しくても幸せなモノでした。

進学校だったので、一緒に上京したみんなは大学へ進学したのに、ボク1人マンガ家のアシスタントになった18歳の158センチの坊主頭の少年ドンキホーテは、出版バブルで400万部発行のギネス記録を作る週刊少年ジャンプの隅に関われて、数えきれないほどあらゆる少年誌青年誌でマンガを描き続けてきた人生です。

編集の言いなりで描いたモノより、編集に逆らって描いたパチンコ漫画“ハイエナ”の1994年のヒットから丸30年、70歳になっても毎日のようにパチンコホールへ出かけては、手探りで“お座り一発”“オスイチ”を決めて、もうすぐパチンコの勝ちがプラス1億円になります。

この毎日コラムを今日初めて読む同級生もいるかと思うと感慨もひとしおです。
4年ぶりの高校の同窓会に集まった青春の仲間たちには感謝しかありません。

P.S. 今日は実戦なしです。

▼3月30日実戦収支
A店収支
-6500円

B店収支
+13500円

C店収支
-1500円

D店収支
+10500円

E店収支
-2000円

▼1日トータル収支
+14000円

▼2024年3月トータル収支
+28万7000円

▼2024年トータル収支(※3月30日現在)
+116万円

▼総トータル収支
1994年3月31日~2024年3月30日
+9849万4740円

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